アンビヴァレンツ


シスター編
 −主よ、私は罪深き女です−                          
 シスターMは礼拝堂の十字架の前に跪き、一心に祈った。伏せた睫毛に憂いの翳(かげ
)が落ちる。ステンドグラスから洩れる光は荘厳さを湛(たた)え、その姿は神々しくさ
えあった。                                   
 −主よ、私は堕落してしまいました。どうか、お哀れみください。そして、邪悪な誘惑
に打ち勝つ強さを私に与えてください−                      
 シスターの祈りは一時間にも及ぼうとしていただろうか。人の動く気配に、彼女の祈り
は中断された。                                 
「noboru、……神父、……様、……」                    
「美しいですね。村の皆がマリア様の再来と騒ぐわけです」             
「そんな……こと」彼女はゆっくりとかぶりを振った。私はマリア様みたいに気高くない
。                                       
「もっともマリア様をみた人などいやしませんがね」                
 noboru神父は彼女のもとへと歩を進める。シスターは神父の手に握られたものを
見つけ、恐怖におののく。                            
「おやめ、ください!!そんな、……主の御前で!」                
「誰かに見られている、というのがまた悦びを深くする。たとえそれが、いるのかいない 
のか、わからない存在でもね」                          
「なんて恥知らずな!あなたはそれでも神父なのですか!あなたは悪魔です!背徳者です
!」                                      
「そうです、私は恥知らずな悪魔です、背徳者です。さあ、神よ!本当にいらっしゃるの
なら、私を天の雷(いかずち)でお打ちなさい!」                 
「なんということを!主を試すようなことを!」                  
 神父はシスターの両腕を背後にねじ上げると、たおやかな手首にすばやく縄を巻きつけ
ていく。                                    
「あぁっ!!」                                 
「どうしました、神は何故あなたを助けない?                   
 いや、きっと神はご存知なのですよ。あなたが本当はこうされることを望んでいるのだ
ということを」                                 
「違います!私はそんな女ではない……」乳房の上下を強く巻き締められ、胸が切なく疼
く。目くるめくものがあった。恥ずかしい声を挙げてしまいそうだ。何故、抗(あらが)
うことができないのだ。乳房を搾り出されるだけで、気持ちが張り詰め、体が反応する。
肉の悦び、縄の魔力に魅入られてしまったのだろうか?               
「違います……、違います……」シスターは力なくかぶりを振りつづける。      
「うるさいお口も塞いでしまいましょう」noboru神父は、ガムテープで猿轡を噛ま
せてしまう。                                  
「うぅ〜」シスターの全身が痺れるような陶酔感で満たされていく。         
「無理やりというのは、私の本意ではありません。あなたの美しい姿をただじっと眺めさ
せいただきましょう」神父は祭壇にのぼり、身悶える美しき獲物を見つめつづける。  
−これがこの人の、いつもの手口だ−                       
 シスターはくねくねと身を捩(よじ)らせる、それは拘束から逃れようとする営みでは
なく、拘束されていることを自らに確認する作業だ。高いところから自分を見下ろすこの
男が憎い、そして、同じくらい恋しい。毎週、いま立っている同じ場所で、人々に神の愛
を説くnoboru。その同じバリトンが、私に屈辱と陶酔をもたらしている。この獣性
と聖性が、どうしてこの人の中に同居しているのだろう。              
−でも、それは私もおなじこと。村の皆さんは、私をマリア様の再来と慕ってくれる。で
も、本当の私は、こんなにも淫らな女−                      
 スカートの裾が捲くれ上がり、白い太腿が露になる。直そうと勤めれば勤めるほど、ま
すますスカートはめくれていく。                         
−堕ちて、……いくわ−                             
 30分ほどの時が経過した。神父は祭壇をおり、シスターの猿轡をはがした。    
「さあ、シスター。どうして欲しいのかね?」                   
「お願い……、もう……、がまんが……、できません」               
「おやおや、主の御前で、気高きシスターからそんな言葉を聞こうとは!」      
「いじわる……、しないで……。欲しいのです……、あなたが……」         
−ああ、主よ、私にはもうあなたの姿が見えません−                


セーラー戦士編
 遠い思い出。きらきら輝く宝石の日々。ただ仲間たちと走りつづけた。裏切ることの苦
しさも裏切られることの悲しみも知らず、純粋に人を信じることができたあの日々。  
 もう、還れない……。                             
「月にかわって、おしおきよ!」                         
「あっ、セーラームーンだ。かっわいい!」                    
「ママに買ってもらったの。これからは私のことうさぎって呼んでね」        
 お誕生日祝いに買ってもらったセーラームーンの服。私は誰よりもnoboruちゃん
に見て欲しかった。noboruちゃんはいつでも皆の中心にいた。頭が良くて運動も得
意で、私はいつもnoboruちゃんのあとを追いかけていた。膨らみ始めた胸はnob
oruちゃんのことで一杯だった。                        
 大きな帆船の遊具がある公園。ここは私たちのお城であり、秘密基地であり、そしてい
ろんな意味で宝島だった。noboruちゃんはいつも、皆があっと驚く遊びを思いつく
のだ。                                     
「うさぎ狩りをしようぜ!」noboruちゃんが叫んだ。             
「うさぎ!100数える間に逃げろよ。そしたら皆でうさぎを探すんだ!」私は駆け出し
た。足元で落ち葉がかさかさと音をたてる。どこに隠れようか?誰が私を見つけるの?n
oboruちゃんだったら、いいな。捕まった私はどうなるのかしら?        
 10分ほども逃げまわっただろうか。ついに私はnoboruちゃんの手で狩りだされ
、帆船のポールに縛りつけられて、口もハンカチで塞がれてしまった。        
「正義の戦士は悪人達に捕まってしまいました」皆は私の周りを踊りながら回りはじめる
。                                       
「これから、どうするんだ?」一人の男の子が、縄で締め上げられた私の胸のあたりをじ
ろじろと眺めながら、興奮してnoboruちゃんに聞いている。          
「正義の戦士はさらし者にされるんだよ。さあ、皆、帰ろうぜ」           
「え〜、帰るのかよ。うさぎはどうするんだ」                   
「だいじょうぶ、オレが後から迎えにくるから。一人だけ放ってかれるのっておもしろい
だろ?」                                    
「そりゃ、おもしろいけど、なんかつまんないな。くすぐっていじめるとか、いろいろあ
るじゃん」                                   
「オレのいうことが聞けないのか?」                       
「わかったよ、noboruがそういうんなら、帰るよ。ちぇっ、せっかく捕まえたのに
」                                       
 皆は私を残して公園の出口に向かって歩き出す。                 
「うぅ〜!」え〜、皆、待ってよ!                        
 時として、子どもはひどく残酷なものだ。一人、取り残された私は途方に暮れた。秋の
陽はつるべ落としだ。瞬(またた)く間に陽は翳(かげ)り、あたりが闇に包まれていく
。心細さに涙が滲(にじ)んできた。ハンカチはとっくにはずれていたけれど、大きな声
をだして騒ぎになるのも嫌だった。誰も迎えに来てくれなかったら、どうしよう。   
 しばらくすると、茂みをがさがさとかきわける音が響いた。            
「遅くなってごめんな」noboruちゃんだった。                
「ふえ〜ん、noboruちゃ〜ん」私は情けない声を挙げた。           
「実はずっとそこでおまえを見ていたんだ」                    
「noboruちゃんの、いじわる〜」なんて憎らしいんだろう。          
「ごめんよ。おまえがかわいいから、いじめたくなっちゃったんだ」         
「ほんと?」                                  
「ああ、さあ、解いてあげるよ」                         
「noboruちゃん、もう少しこのままにしといて」               
「えっ、どうして?」                              
「私はいま、noboruちゃんのトリコなの。トリコになるって、気持ちいい」   
「うさぎ……」noboruちゃんの手が私の幼い胸に触れ、そして……。      
 しばらくして、私は遠い町に転校していった。パパやママにも話せない、二人だけの秘
め事を胸に抱いて。                               
 長い年月が流れた。私はセーラー戦士として、地球征服を企む悪の組織と人知れず戦い
つづけてきた。そしてこの懐かしい町で、私はついに敵の首領との最後の戦いに臨もうと
している。                                   
「どうして?!noboruちゃん!どうして、あなたが?!」           
「懐かしいなぁ、うさぎ。ちょうどこの公園の、このポールだったな。あの時の続きをし
ようじゃないか?ほんのガキだったおまえが、こんなに成長して」          
「おねがいよ、noboruちゃん!あのころに戻って!」             
「あの頃には思いつきもしなかったことを、いっぱいしようぜ。縄に締め上げられておっ
ぱいがこんなに大きくなっているぜ。乳首もびんびんだ。気持ちいいんだろう?」   
「いやっ!やめてっ!」                             
「○○○○や××××や□□□□や、楽しいことを教えてやる。あの時のようにな」  
 あぁっ、noboruちゃん!だれかっ、だれか助けてっ!いやあっ!!      
…………                                    
………                                     
……                                      
「どうなんだ?うさぎ。いやなのか?いやだったら、お望みどおりやめてやるぞ」nob
oruちゃんの指の動きが止まる。                        
「いやっ!やめないで!お願いよ、私、私、もう……」               
……気持ちよくって、蕩(とろ)けてしまいそう……。               


生徒会長編
「noboru先生、悪魔ってどんな顔をしてると思います?」生徒会長は屈託の無い笑
顔を私に向けた。                                
「悪魔?角を生やして尻尾があって、というあれか?」               
「そういう悪魔って、中世以降に生まれたそうです。もともとは神に反逆した天使だから
、天使の羽根もあって、天使みたいに美しいそうですよ」              
「美しい悪魔か。案外、悪の魅力というのはその美しさにあるのかもしれないね」   
 生徒会長は保健室の背もたれも無い円椅子に腰掛けたまま、脚を組みかえる。制服のス
カートが翻り、白い内腿が一瞬覗く。やや表情に乏しい印象を受けるが、ふとした折に濃
厚な女の香りを漂わせる。                            
「ねえ、noboru先生、私にとっての悪魔は、母なんです」           
「お母さん?」                                 
「ええ、先生、私、ACなんです」                        
「アダルト・チルドレン?」                           
「飲んで暴れる父と、バタード・ウーマンの母、共依存の夫婦にACの娘。まるで絵に描
いたようですね」生徒会長は自嘲気味な笑みをもらす。               
「よく勉強しているね」バタード・ウーマンというのは「殴られる女性」という意味だ。
殴られても夫と別れることができない。「この人は私がついていないとダメになってしま
う」という使命感に燃えて、ひたすら夫に尽くす妻。しかし、尽くすことにより妻は夫を
愛情という鎖で支配する。お互いがお互いに依存しあっているから、共依存という。共依
存の母はしばしばその娘をも支配する。「あなただけが頼りなのだから」生真面目で母親
思いの娘は、重すぎる荷を幼い胸に抱えて、生きることが苦しくなる。        
「本で読んだだけよ。ACだとわかったところで、なんの解決にもならない」     
「ACの勉強を始めたのは、あの後のことかい?」生徒会長はこくんと頷く。彼女の左手
首にはリストバンドが嵌(は)められている。おそらく医師の前以外ではずされることは
ない。                                     
「つらかったの。息が詰まりそうだった。世間体ばかり気にして、キッチンドランカーの
くせに上流階級の奥様みたいな顔をして。そのくせあの人の一番の誇りは私が生徒会長に
なったこと。生徒会長なんてただのパシリなのにね。                
いつもあの男に殴られて、泣いていて、私がいい成績をとるとご機嫌で、私はあの人に笑
ってもらいたくって、一生懸命勉強して、毎晩あの男のグチを聞かされつづけて、お母さ
ん、泣いちゃイヤだって、いつもお母さんのことばかり考えて、そして……」あとは涙で
言葉にならなかった。                              
「リストバンドをはずしてごらん」気分転換のつもりだった。彼女は言われるままにそれ
をはずした。私は頭に巻いていたバンダナをはずすと、彼女の左手首に結んだ。    
「先生、私、縄抜けの名人なんだよ。小さい頃、よく酔った父に縛られたから」    
「じゃあ、はずしてごらん」私は余った布で、彼女の右手も一つにして結んだ。胸の前で
手首と腕をくねらせる。やがてあっさりとバンダナは手首から解けた。        
「こんなの簡単よ」彼女が勝ち誇った声をあげる。                 
「よ〜し、これではどうだ」今度は彼女の手首を背後に回し、手首だけをバンダナで縛(
いまし)める。                                 
ほんのアトラクションのはずだった。                       
 今度はさっきのようにはいかない。彼女の息がだんだんとあがってくる。手を後ろに回
したことで胸の膨らみが前に突き出されるような形になる。全身をくねらせて縛めから逃
れようとする。上気する頬、汗ばむ首筋、制服の胸元から覗く鎖骨、制服の厚い布地を突
き上げて弾む若い乳房、それが目の前で躍動している。美しい……声に出してしまいそう
になり、慌(あわ)てた。                            
 やがて彼女は縛(いまし)めをほどいた。彼女の顔が輝いたような気がした。    
「じゃあ、これはほどけるかな」彼女の気分転換の手助けになれば、と始めたアトラクシ
ョンのはずだった。さっきまで泣いていた彼女が元気を取り戻している。       
このアトラクションはここで止めるべきだったのだ。                
 私は包帯を取り出すと、彼女の腕を背後にまわし、両手首を腰の位置までねじ上げた。
手首をしっかり固定するとさらに胸の上下に巻きつけ引き絞った。乳房が大きく張り詰め
、私は思わず息を飲んだ。                             
「先生、こわいわ……」                             
 もはやどんなに身をくねらせてもがこうとも、包帯はぴくりともゆるまない。彼女の顔
にあせりの色が浮かんだ。背もたれの無い椅子の上で両手が自由にならないため、やがて
彼女はバランスを崩し、横倒しに倒れてしまった。スカートがまくれあがり、もがくほど
、白い太腿が露になっていく。                          
「だいじょうぶか!」抱えあげる私の耳元で、彼女は熱い吐息で囁いた。       
「先生……、きて……」                             
「noboru先生、こっちよ、はやくはやく」                  
 カウンセラーとクライアントの越えてはならない一線を踏み越えてしまった私たちは、
人目をしのびながら、しかし、校舎内で遊ぶという綱渡りのようなゲームに夢中になって
いる。                                     
私にとっての悪魔は生徒会長だったな……                     
みつからないはずがない、噂に上らないはずがない。やがて訪れる破局、激しい非難。破
滅に向かって上り詰める十三階段。                        
 心のどこかでその日が来るのを待ち侘びながら……。               
-END-